朝食で出会った謎の黒いシロップ
スリランカの古都キャンディで、とても特別な宿に滞在しています。
なんとこの宿のオーナーは、キャンディ王国終焉の歴史に深く関わったとされる「エヘレポラ家」の末裔の方なのです。
そんな伝統を重んじる宿だからこそ、素晴らしい食文化との出会いがありました。

感動したのは、朝食のパンケーキに添えられていた謎の黒いシロップです。
一口食べて、そのとんでもない美味しさに衝撃を受けました。

色は少し黒っぽく、普通のハチミツとは香りが全く違います。口に含むと、ただ甘いだけではなく、黒糖のような深いコク、メープルシロップのような上品さ、そしてカラメルのような香ばしさが混ざり合った、信じられないほど複雑で豊かな味わいなのです。
スリランカはココナッツの生産量が世界第6位を誇る国です。みかんやアカシア、マンゴーなどのように、ココナッツの花の蜜を蜂が集めた「ココナッツのハチミツ」なのだろうと推測していました。
しかし、その正体はハチミツではなかったのです!!
極上シロップの正体は「キトゥルシロップ」
この極上シロップの正体は「キトゥルシロップ」。
スリランカに自生するキトゥル(日本語ではクジャクヤシ、英語では葉の形からフィッシュテールパームと呼ばれるヤシの木)の樹液を煮詰めた、伝統的な天然甘味料です。
簡単にいうと、ヤシの樹液シロップです。
何よりも面白いのは、キトゥルシロップの採取方法です。ハチミツのように「蜂が花から集めてくれた蜜」ではなく、人間の職人が高い木に登り、キトゥルの花の房を整えて、そこから滴り落ちる樹液を直接集めているのです。

この背景を知ると、シロップへの見え方がガラリと変わります。
さっきまでパンケーキにかけて「美味しい!」と無邪気に喜んでいた黒い液体は、職人が命がけで木に登り、丁寧に手をかけて集めた貴重な森の恵みだったのです。
2025年12月にユネスコの無形文化遺産に登録
さらに驚くべきことに、このキトゥルの樹液採取技術は、2025年12月にユネスコの無形文化遺産に登録されたばかり。ただの珍しい甘味料ではなく、スリランカの農村で何世代にもわたって実直に受け継がれてきたちょっと特別な伝統技術なのです。
世界の甘味料市場といえば、健康効果で名高いハチミツと、ミネラル豊富で上品なメープルシロップの2強という印象があります。
しかし、このキトゥルシロップは血糖値が上がりにくいという特徴があり、黒糖・メープル・カラメルを凝縮したような唯一無二の味わいを持っています。これから次世代のヘルシーな注目株として、世界中でさらに人気が高まっていくかもしれません。
シロップからお酒、お酢まで!
このキトゥルの樹液は、人間の手の加え方によって驚くほど多彩な姿へと変化します。
- 集めてすぐに煮詰めると、濃厚なシロップになる
- さらに限界まで水分を飛ばして固めると、「ジャガリー」と呼ばれる黒糖のような固形糖になる
- 少し発酵を進めると、「トディ」と呼ばれる爽快なヤシ酒になる
- さらに発酵を継続させると、上質なお酢に生まれ変わる
自然の中にあるひとつの糖分が、人間がどのタイミングで職人技の手を止めるか、どの方向へ進ませるかによって、まったく異なる豊かな食文化へと化けていくのです。
キトゥルの木は、一生に一度だけ花を咲かせる
植物としての生態も神秘的です。キトゥルの木は、その一生にたった一度だけ花を咲かせ、すべてのエネルギーを使い果たして枯れていきます。その儚い植物の一生が放つ最後の輝きを、人間が受け取り、火を入れ、甘いシロップとして現代に残しているのです。
何気なくパンケーキにかけていたシロップ。それは、スリランカの深い森と植物の一生、木に登る職人の卓越した技術、そして発酵の知恵が結実した究極の結晶でした。なんて贅沢な朝食なのでしょう。
パンケーキはもちろん、日本のヨーグルトにも間違いなく合います。個人的には、このキトゥルシロップを炭酸水で割り、ライムやレモンを少し絞ってミントを添え、自然派の「黒糖モヒート」や「クラフトコーラ」風のドリンクにしてみたいと妄想が膨らんでいます。
実はこのシロップ、南部にあるヤーラ国立公園のロッジでも、バッファローのヨーグルト(ミーキリ)にかけて食べていました。

その時は「ヤシの木のハニー」と聞いていたので、完全にハチミツの一種だと思い込んでいました。
まさかこんなにも人の知恵が詰まった特別なシロップだったとは。。。
ただの甘味料としてではなく、「スリランカの森の文化をそのまま持って帰る」ような気持ちになれる素晴らしい一品。スリランカを訪れた際は、ぜひお土産に選んでみてください。
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