ついに世界遺産シーギリヤロックへ!
夜明け前の暗闇の中、私たちはシーギリヤロックを登り始めました。
ジャングルに突如そびえる高さ約200mの巨岩。
その頂上には、カッサパ王が築いた「天空の宮殿」が残されています。

なぜ王はこの巨大な岩の上に宮殿を築いたのか。
実際に頂上へ登り、その歴史と絶景を体験してきました!
夜明け前に挑む、シーギリヤロック登頂
シーギリヤロックの登頂において何よりも恐ろしいのは、日中の圧倒的な暑さです。
太陽が昇ると体力を激しく消耗するため、朝5時の開門と同時に1番乗りで登り始める戦法を選びました。まだ暗いうちに一気に頂上へ達し、そこで美しい朝日を迎えるというプランです。

多くの犬たちが静かに佇むチケットオフィスを抜け、いそいそと足を踏み入れました。
夜明け前の早朝なら少しは涼しいだろうと高を括っていましたが、これが大間違い。まだ太陽の光が1ミリも届いていないというのに、周囲の空気は驚くほど蒸し暑く、急な階段を一段登るたびに大量の汗が吹き出してきます。

岩肌の壁に遮られて風が一切通らない登山道は、スリランカの旅のなかでもトップクラスの汗の量でした。
前日に登ったピドゥランガラ・ロックとは異なり、こちらは階段が上までしっかりと舗装されているため、登山に慣れていない人でも迷わず進むことができます。それでも、永遠に続く有酸素運動はやっぱり足にくる。

まだ人の少ない静寂のなか、周囲から聞こえてくる参拝者たちの荒い息遣いに励まされました!
シーギリヤロック頂上から望む朝日
汗だくになりながらも、ついにシーギリヤロックの岩山の頂上へと辿り着きました!

シーギリヤロックの高さは、周囲の平原から約200メートル。
実際に登ってみると、体感ではもっと高く感じます。
足元が完全に開けた山頂に立った瞬間、これまでの暑さが嘘のように心地よい風が吹き抜けていきます。ゆっくりと腰を下ろし、東の空が少しずつオレンジ色に染まっていくのを静かに待ちました。

次第に夜が明けていくと、目の前には人工物がひとつも見当たらない、地球そのものの壮大なジャングルが姿を現します!!
太陽の光が届くと同時に、さっきまで地平線を覆っていた雲がまるで魔法のように消え去り、神秘的な雲海と遥か彼方の山々が神々しく浮かび上がってきました。

空にはまだ白い三日月が残り、その周りを無数の鳥たちが目覚めの歌を歌いながら羽ばたいています。

まさにファンタジーの世界に迷い込んだかのような、圧倒的な美しさでした。
黄金色のゴールデンアワー!美しき天空の宮殿跡
太陽が完全に昇ると、遮るもののない遺跡全体が眩いほどの黄金色に包まれました。



かつて王が使っていたという巨大なプールの跡や、お城の基礎となる美しいレンガの遺構が長い影を落とす様子は、かつてここに確かに人が生き、繁栄していた呼吸を今に伝えています。

この宮殿を築いたのはカッサパ王。
彼は父王を殺害し、本来王位を継ぐはずだった弟を国外へ追放して王になりました。
でもそれは、弟が王になれば自分が命を狙われる立場にあったから。
弟からの復讐を恐れ、誰にも攻められない難攻不落の要塞として、この巨大な岩の上に宮殿を築いたともいわれています。父もここに宮殿を建てるのが夢だったみたいで、懺悔の意味も含めて建てたらしい。
カッサパ王がこの宮殿で暮らしたのは約11年。

その間、毎朝この壮大な景色を眺めていたとしたら、少しは孤独や恐怖が和らいだのかな…
なんて想像してしまいました。
しかし最後は、帰還した弟との戦いに敗れ、自ら命を絶ちます。
その直前には、自らの宝飾品を僧侶たちへ寄進したとも伝えられています。
野望、恐怖、後悔、そして覚悟。
さまざまな感情を抱えて生きた、とても人間味あふれる王だったように思います。
1500年以上の時を越えて、今も世界中の人を惹きつける特別な場所です。
シーギリヤロックの代名詞でもあるライオン門

感動的な朝日の余韻に浸りながら、今度は明るくなった景色を楽しみつつ、ゆっくりと階段を降りていきます。

暗闇の登りではよく見えなかった階段は、切り立った岩壁に沿うように付けられ、外にむき出しの非常にスリリングな構造でした。
中腹まで降りてくると、シーギリヤロックの代名詞でもあるライオン門に到着します。

頂上へ続く階段の入り口には、人間を遥かに凌ぐ大きさの、獰猛でかっこいいライオンの前足が2本、どっしりと鎮座しています。

かつては頭部まで存在したという巨大なライオンの姿は、敵を寄せ付けない圧倒的な威厳を放っていたに違いありません。
妖艶に微笑むシギリヤ・レディの壁画
ライオン門からさらに下ると、中腹の垂直な岩壁に描かれた有名な美女の壁画シギリヤ・レディのエリアへと到達します。無数のツバメの巣がひしめく岩肌の奥に、厳重に保護されたその壁画はありました。
カメラの撮影は一切禁止されており、誤ってレンズを向けようものなら厳しく注意される厳粛な空間です。
薄暗い岩陰に浮かび上がるその女性たちは、1500年も前のものとは思えないほど鮮明で、驚くほど繊細な色彩を残していました。描かれている女性たちが王の妃なのか、仕える侍女なのか、あるいは空を舞う天女なのかは、現代の歴史学でも解明されていない最大のミステリーです。
実際に至近距離で対面してみると、彼女たちの表情や佇まいは非常に妖艶で、見る者を一瞬で魅了してしまうような不思議な上品さに満ちています。
この壁画は、乾くと水に浸けても滲まない特殊な技法で描かれており、やり直しが一切効かない高度な職人技が必要だったそうです。かつては500人以上も描かれていたという美女たちのうち、今も優美に微笑み続ける18人の姿は、まさに時代を超越した芸術そのものでした。
カッサパ王の壮絶な歴史
1500年前、巨大な岩山の上に宮殿を築いたカッサパ王。
彼は父王を死に追いやり、本来王位を継ぐはずだった弟を南インドへ逃れさせ、王位についた。
それだけ聞けば、極悪人に思えるかもしれません。
でも、もし弟が王になれば、カッサパ自身だけでなく、
家族や家臣たちの命まで危うかった。
シーギリヤロックは、都市計画、水利工学、景観建築、壁画、
そのすべてが高度で、今もなお解明されていません。
なぜ、そんな不可能に近い宮殿を作ることができたのか。
その理由のひとつは、土木の天才と言われた父親の才能を継いだことです。
だが、その才能をもってしても父親は長男のカッサパを王を選ばず、残虐な弟を王に選んだのです。
父に認められなかった悔しさ。
父を死に追いやってしまった後悔。
それでも王として生きるしかなかった覚悟。
さまざまな感情を抱えながら歴史に残る建造物を創った。
とても人間味のある王だったように思います。
詳しくはこちらをどうぞ ↓
カッサパは建築の天才だった
実際にシーギリヤロックを訪れると、要塞という枠を超えた美しさを体験できます。

水の庭園、岩の庭園、段状の庭園。
岩壁に描かれたフレスコ画。
かつて巨大なライオンの入口があったとされるライオン・ゲート。
そして頂上に残る宮殿跡。
こうした美意識と建築技術は、父ダートゥセーナ王から受け継がれたものだとされています。
つまりカッサパは、正統性を失った王ではあったけれど、愚かな王とは言い切れません。あの岩山の上に宮殿を築き、庭園や水路、噴水、防御施設まで備えた都市を作り上げた。
その事実だけを見ても、彼には非凡な構想力と権力があったのだと思います。
シーギリヤロックは、UNESCO世界遺産にも登録されており、古代都市計画の優れた例として評価されています。スリランカ中央文化基金も、シーギリヤを都市計画、水利工学、景観建築の傑作としてシーギリヤロックを紹介しています。
下記の記事でカッサパ王について詳しく取り上げていますので興味のある方はぜひ読んでください!
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