オーストラリアの内陸を走っているときに見かけた、赤い大地に無数の小さな塔がずらりと並ぶ光景。
その正体は、「蟻塚」でした。
そもそも蟻塚とは何なのか、何のために誰が作るのか。
この記事では、知れば知るほど奥深い「蟻塚の世界」をご紹介します。
オーストラリアで見た、大地を埋め尽くす蟻塚の光景
クイーンズランド州のクロンカリーから、ノーザンテリトリー州のテナントクリークへ向かう道中、単調な一本道での楽しみといえば、延々と続く「蟻塚」の姿でした。

形は“とんがりコーン”のような円錐形で、色は赤褐色や茶色が多め。高さは、成人男性の膝から腰あたりまであり、見た目はまるで小さな火山か、誰かが丁寧に積み上げた彫刻のようです。

かつて旅したアフリカでも、サバンナに点々と現れる蟻塚を見てきました。
当時は「ああ、自然の造形物だな」と景色の一部として眺めていた記憶がありますが、オーストラリアの内陸で目にした光景は、まったくの別格。赤い土の上に、赤い塔が広範囲にわたってずらりと並んでいるんです。

旅先でさまざまな自然を見てきた私たちですが、あれほど圧倒的な「昆虫の痕跡」を目にしたのは初めてでした。
そもそも蟻塚とは何なのか?
蟻塚の正体
さて、冒頭から「蟻塚」という言葉を何度も使ってきましたが、皆さんは蟻塚の正体をご存知でしょうか?
『日本大百科全書(ニッポニカ)』によれば、蟻塚とは「昆虫類のアリまたはシロアリの巣で、地上に円錐状、塔状、あるいはキノコ状に盛り上げられた部分」とのこと。
…ですが、アリは地表に高くそびえる巣を作ることはほとんどありません。アリは地中が主な生活の場で、地面に小さな土の山や穴ができる程度。

つまり、あの立派な蟻塚を作ったのは「アリ」ではなく、「シロアリ」なんです。
▽アリの巣vsシロアリの蟻塚:見分け方のポイント

アリの巣とシロアリの蟻塚、それぞれの主な特徴は上図の通り。ただし、シロアリならどれでも大きな蟻塚を築くわけではありません。
シロアリは主に「食べた場所を巣にするタイプ」「土の中に巣を作るタイプ」、そして「地上に高くそびえる蟻塚を作るタイプ」の3つに分けられます。
蟻塚を作るシロアリは日本には生息しておらず、主にオーストラリアの乾燥地帯やアフリカのサバンナ、南米などに分布しています。日本のシロアリは主に地中や木材の中に巣を作るタイプ。住宅の土台を食い荒らすことで知られていますが、地上に高い塔を築くことはありません。
驚きの構造を持つシロアリの「蟻塚」
シロアリの蟻塚は、ただの土の山ではありません。
彼らの唾液や糞、土を混ぜ合わせ、コンクリートのように固められて作られた精巧な「建築物」。内部は複雑な通路と部屋に分かれています。

さらに驚くのが、その「空気性能」。縦に伸びた通路を使って、日中は外壁で温まった空気が上昇して排出され、夜間は逆に循環で熱が取り込まれます。そのため、サバンナのように昼夜の気温差が激しい環境でも、内部は常に約30℃前後に保たれているんですよ!
▽プチ豆知識:蟻塚から生まれた建築革命
この蟻塚の知恵は、現代の建築にも応用されています。
ジンバブエの首都・ハラレにある「イーストゲートセンター」は、蟻塚の構造を参考に設計された8階建ての複合施設。冷却をするためのコストは従来の約10%、同規模の建物と比べてエネルギー消費を大幅に抑えることに成功しました。
生物の仕組みを工学に応用する「バイオミメティクス」の代表例として、今も世界中の技術者に研究されています。
また、現役の蟻塚と空き家の違いも意外とシンプル。現役のものは、表面がしっとりして赤みが強く、ひび割れが少ないのが特徴です。シロアリが内部から修復し続けているため、外側がなめらかに保たれているんです。

一方の空き家は、表面がカサカサに乾いてひびだらけ、軽く叩くと音が響くこともあるといいます。
意外な事実。シロアリはアリではなく「ゴキブリの仲間」
ここでちょっと衝撃的な事実をお伝えします。これまでアリとシロアリを分けながら話をしてきたのには実は理由がありました。
そう、シロアリはアリという名前がついていながら、実は生物分類上はアリとはまったく別の生き物。それどころか…ゴキブリの仲間に近い存在なんです!
アリとシロアリ、何が違う?
| アリ(Ant) | シロアリ(Termite) | |
|---|---|---|
| 分類 | 膜翅目(まくしもく)=ハチ目 | ゴキブリ目・等翅亜目(とうしあもく) |
| 祖先 | ハチ | ゴキブリ |
| 食べ物 | 雑食(昆虫・甘い蜜、果物など) | 木材・枯れ草 |
| 社会構造 | 女王・働きアリ・兵アリ | 女王・働きシロアリ・兵シロアリ |
私たちが身近に知るアリは、実はハチの仲間。ハチの一部が進化する過程で羽を失い、地中に潜ったことで誕生したと考えられています。
一方のシロアリは、枯れ木を食べるゴキブリの仲間「キゴキブリ」と共通の祖先を持つ昆虫です。約1億5000万〜1億7000万年前に分岐し、独自の進化を遂げました。
それなのになぜ「ゴキブリ」にちなんだ名前ではなく、「シロアリ」と呼ばれるのでしょうか?その答えは社会構造にあります。
女王を中心に、働きシロアリが育児や餌の運搬を担い、兵シロアリが外敵から巣を守る。その仕組みがアリとそっくりなのです。このように、起源が異なるにもかかわらず、独立して同じ社会システムを作り上げた現象を「収斂進化(しゅうれんしんか)」と呼びます。
シロアリが自然界で果たす役割
「シロアリ=家を食い荒らす害虫」というイメージが強いですが、自然界においては「分解者」としての重要な役割を担っています。
彼らは、枯れ草・倒木・落ち葉などの「セルロース」を腸内の共生菌で分解し、栄養を土に還すのが主な仕事。
そのため、シロアリがいない乾燥地では、枯れ草や倒木が分解されずに蓄積し、土壌の栄養循環が止まってしまうこともあるのだとか。
近縁のゴキブリが「腐敗した有機物を分解する」のに対して、シロアリは「枯れ木や死んだ植物を分解する」昆虫。役目を終えたものを処理するという意味で、それぞれが異なる形で生態系の“片づけ役”を担っているのです。
なぜオーストラリアには「蟻塚」が多いのか
ここまで蟻塚の正体とシロアリについて説明してきました。
でも、なぜオーストラリアの内陸部には、あれほど密集した蟻塚の景色が広がっていたのでしょうか?

その答えは、気候・土・天敵という3つの条件にあります。
まず気候。オーストラリアの内陸は乾燥していて雨が少ないため、蟻塚が崩れにくいという利点があります。
次に素材となる「赤土(ラテライト)」の存在。鉄やアルミニウムの酸化物が濃縮した赤土は、濡れると粘土のように成形でき、乾くとレンガのように硬化する性質があります。
つまり、シロアリにとっては理想の建築素材。この赤土で作られた蟻塚は10年以上もつとも言われています。

さらに重要な理由がもう一つ。オーストラリアにはアルマジロや大型のアリクイなど、蟻塚を破壊する大型哺乳類がいません。そのため、シロアリがいなくなった「空き家」の蟻塚もそのまま残り続け(シロアリは女王が代わるたびに新しいコロニーを形成します)、長い年月をかけて積み重なった結果があの壮観な景色を生んでいるのです。
▽プチ豆知識:南北方向を向く蟻塚
私たちは訪れることができなかったのですが、オーストラリアならではの蟻塚として有名なのが、ノーザンテリトリーの「リッチフィールド国立公園」などに群生するシロアリの一種「コンパスターマイト(磁気シロアリ)」の蟻塚。
ここの蟻塚は全て南北方向を向いています。直射日光を避けると同時に、太陽熱を利用して温度調整をするために全て同じ方向に作られているのだとか。
シロアリが作った世界の蟻塚
オーストラリアの光景は圧巻でしたが、世界にはほかにも蟻塚が密集している地域があります。最後に、アフリカとブラジルの事例を見てみましょう。
アフリカ南部
アフリカのサバンナでは、草原のあちこちに蟻塚が点在する光景が広がっています。
かつて訪れたボツワナでは、草原にポツンと佇む白い蟻塚が印象的でした。

とても固く、成人男性が2人乗り掛かっても壊れることはありません。


ボツワナのほかタンザニアやケニアにも分布しており、なかには高さ8〜9mに達する、超巨大な蟻塚も確認されているそうです!
ブラジル
ブラジルでは、北東部の乾燥した気候の「カーチンガ地域」と、中西部に広がる草原「セラード地域」で蟻塚を見ることができます。
カーチンガでは、最大で高さ3メートルにもなる蟻塚が2億個以上連なった、超巨大な蟻塚群が確認されています。英サルフォード大学の昆虫学者、スティーブン・マーティン氏らの研究によれば、4000年近く前から築いてきたと考えられています。
一方、世界遺産でもあるセラード地域の「エマス国立公園」では、夜になると蟻塚が光る幻想的な光景が見られます。シロアリを食べる「ヒカリコメツキムシ」の幼虫が光の正体で、見られるのは雨季の始めの約1か月だけです。
今回は、蟻塚の役割とシロアリの正体についてお届けしてきました。
私たちはシロアリの正体を知ったとき、かなりの衝撃を受けたのですが皆さんはいかがでしたか?
ポッドキャストでも、このテーマについて語っています。ぜひこちらもどうぞ!