パラオをカヤックで旅している途中、海と小島の境目に広がるマングローブの森を間近で観察しました。
そもそもマングローブとは何なのか?
なぜ海水の影響を受ける場所で生きられるのか?
根のぼつぼつや複雑な形の意味、塩分への対処、満潮と干潮で変化する生態系まで、現地で抱いた疑問をきっかけに紹介します。
パラオの海で出会ったマングローブの森
パラオでカヤックを漕いでいたときのこと。小島と海の境目に、木々がびっしりと生えている場所を見つけました。遠くから見ると、緑の森がそのまま海の中まで続いているような不思議な景色です。

パラオでは、ロックアイランドの周辺をカヤックで巡っていると、こうしたマングローブの風景に出会うことがあります。この日も最初はそのまま通り過ぎるつもりでしたが、水面近くまで垂れ下がる枝や複雑な形の根が気になり、カヤックをゆっくり近づけてみることにしました。
カヤックでマングローブのすぐそばへ

マングローブを観察するのに、カヤックはかなり面白い乗り物です。水深の浅い場所や狭い入り江にも入っていけます。
カヤックに乗ったままマングローブを眺めてみると、遠くから見ていたときとは印象がまるで違いました!
根は複雑に絡み合い、その表面には小さなぼつぼつがあります。先端が鉛筆のように見える根もあり、「なんでこんな形をしているんだろう?」と気になるものばかりでした。
そもそもマングローブって、いったい何なのでしょうか?
そもそもマングローブとは?1種類の植物ではない

「マングローブ」という名前の植物があると思ってしまいそうですが、実はそうではありません。
マングローブとは、熱帯や亜熱帯の海岸や河口など、潮の影響を受ける場所に生育する樹木や低木の総称です。何をマングローブに含めるかは定義によって異なり、厳密な「真のマングローブ」だけなら約50種、関連する植物まで広く含めれば80種を超えるという数え方もあります。
つまり、分類上ひとつの仲間というより、同じような環境で暮らす植物を生態的にまとめた呼び名なのです。
海と陸の境目にできる不思議な森

マングローブが生育する代表的な場所が、潮の満ち引きの影響を受ける海岸や河口です。世界中どこにでもあるわけではなく、基本的には凍結するような寒さのない熱帯・亜熱帯に分布しています。
パラオで見た景色は、まさにその特徴がよく分かる場所でした。小島の陸地が終わったところで森も終わるのではなく、木々の根がそのまま海へ入り込んでいます。
潮が満ちれば根が水につかり、潮が引けば泥や根が姿を現す。陸とも海とも言い切れない、その境界にできた森です。
普通の植物にはかなり過酷な環境
ところが、植物の立場になって考えてみると、ここはかなり厳しい場所です。
まず海水の影響を受けるので塩分があります。さらに足元は水分を多く含んだ柔らかな泥で、潮が満ちれば根の周囲まで水で満たされます。水に浸かった泥の中は酸素が少ないため、根にとっても過酷な環境です。
それなのに、マングローブは海と陸の境目に大きな森を作っています。
どうしてそんなことができるのか。
マングローブはなぜ海水でも生きられる?

植物にとって、塩分は厄介な存在です。周囲の塩分濃度が高くなると水を取り込みにくくなり、ナトリウムなどの塩類が体内に入りすぎれば正常な働きにも影響します。
そこでマングローブは、種類によって異なる方法で塩分に対処しています。興味深いのは、すべてのマングローブが同じ方法を使っているわけではないことです。
根から塩分を入れないマングローブ
例えばRhizophora属などのマングローブには、根から水を取り込む際に、大部分の塩分が植物の内部へ入らないようにする仕組みがあります。
イメージとしては、根の部分に非常に性能の高いフィルターがあるようなもの。Smithsonianによると、こうした種類では海水に含まれる塩分の90%以上を排除できるとされています。
海水そのものをそのまま体内へ取り込んで平気なのではなく、塩分に対処しながら必要な水を利用しているのです。
葉から塩を出すマングローブもいる
一方で、体内に入った塩分を外へ出すタイプもいます。
例えばAvicennia属などには葉に塩類腺があり、余分な塩を葉から排出します。排出された塩が結晶になり、葉の表面に見えることもあります。また、不要な塩分を古い葉に蓄積し、その葉を落とすことで処理する仕組みを持つものもあります。
同じ「マングローブ」と呼ばれていても、「なるべく塩を入れない」「入った塩を外へ出す」と、生き残るための戦略が違うのが面白いところです。
根のぼつぼつは何?マングローブの不思議な根の仕組み

そしてパラオで特に気になったのが、根の表面にあった小さなぼつぼつです。
カヤックをぎりぎりまで寄せて実際に触りながら、「ここから水を吸っているのかな?」と考えていました。
ところが調べてみると、あのぼつぼつは水よりも「空気」と深く関係していました。
根も生きるために酸素を必要としている
植物は光合成をするので、「根に酸素が必要」というのは少し意外に感じるかもしれません。しかし植物の細胞も呼吸を行っているため、根も酸素を必要とします。
一般的な土には粒と粒の間に空気があり、植物の根はそこに含まれる酸素を利用できます。ところがマングローブが生育する泥は、潮が満ちると水で満たされてしまいます。そのため土壌中の酸素が不足しやすく、普通の植物にとっては根を維持するのが難しい環境です。
そこで一部のマングローブは、泥の中だけに頼らず、空気中から酸素を取り込める特殊な根を発達させています。
ぼつぼつの正体は空気を取り込む「皮目」

マングローブの気根などの表面には、「皮目」と呼ばれる小さな開口部があります。ここで外気とのガス交換を行い、取り込まれた酸素は根の内部にある空気の通りやすい組織を通じて運ばれます。
つまり、現地で「なんだろう?」と触っていたぼつぼつは、例えるなら根にある小さな「鼻の穴」のような存在だったわけです。
ただの模様だと思って触っていたものが、実はマングローブがこの特殊な環境で生きるための重要な仕組みだった。
旅先で何気なく気になったものをあとから調べて、「そういうことだったのか!」とつながる瞬間はやっぱり面白いです。
マングローブにはさまざまな形の根がある
マングローブの根は、種類によって形もさまざまです。
Rhizophora属などでは、幹や枝から斜め下へ何本もの根を伸ばす「支柱根」が見られます。柔らかな泥の上でも木を安定させる役割を持つだけでなく、空気に露出した部分ではガス交換にも関わります。
一方、Avicennia属などでは、地中を横に伸びる根から、鉛筆のような細い根が上向きに突き出します。これは「呼吸根」と呼ばれるタイプの根で、泥の上へ顔を出すことで空気を取り込めるようになっています。
現地ではどれも「変わった根だな」としか思っていませんでしたが、実際には形ごとに役割がありました。足元は柔らかな泥で、しかも潮が満ちれば水につかる。そんな場所で木を支えながら酸素まで確保するために、根そのものが独特な姿へ発達しているのです。
満潮と干潮でマングローブの森はどう変わる?

マングローブの面白さは、植物そのものだけではありません。同じ場所でも、満潮と干潮によって景色が大きく変わります。
満潮になると根の間を魚が泳ぐ世界へ
潮が満ちると海水が森の中まで入り込み、複雑に絡み合った根の一部も水の中へ沈みます。
水面より上だけを見れば森なのに、水面の下では根の間を魚たちが泳いでいる。陸の森と海の世界が上下で重なったような、不思議な空間になります。
この複雑な根は、魚やエビなどにとって重要な環境でもあります。入り組んだ根の間には身を隠せる場所が多く、特に小さな魚にとっては捕食者から逃れながら餌を探せる場所になります。そのためマングローブ林は、さまざまな魚類の幼魚が育つ「ナーサリー」としても重要です。
干潮になると泥や根が現れる
ところが潮が引くと、景色は一変します。
さっきまで水中にあった泥や根が姿を現し、今度は干潟のような世界になります。水中を泳ぐ生き物だけではなく、カニやトビハゼの仲間など、泥の上を利用する生き物たちが目立つ時間です。マングローブの根そのものにも、カニや貝類をはじめ多様な生物が集まります。
満潮では海の生き物たちが入り込み、干潮では泥の世界が姿を現す。
マングローブ林は、潮の満ち引きに合わせて風景だけでなく、そこで目立つ生き物まで変わっていく場所なのです。
マングローブは海と陸をつなぐ生き物たちのすみか

パラオで最初にマングローブを見つけたときは、「海の中に木が生えている」という景色そのものに惹かれて近づきました。
ところが実際にカヤックで近づいてみると、面白いのは木だけではありません。複雑に伸びる根があり、その周りにはカニやエビがいて、水中には魚がいる。マングローブそのものが、たくさんの生き物が暮らせる環境を作っていました。
複雑な根が小さな生き物の隠れ家になる
マングローブの入り組んだ根は、小さな魚や甲殻類にとって格好の隠れ家になります。また、根の表面そのものにも貝類やカニなどさまざまな生物が付着・生息し、マングローブ林全体が複雑な生態系を形作っています。
さらに根は潮の流れを弱め、運ばれてきた細かな土砂をとどめる働きもあります。こうした作用は海岸線の安定にもつながり、波や潮流などによる浸食を抑える役割も果たしています。
最初は「こんな場所に木が生えていてすごい」と思っていたものが、調べていくと、海と陸の境目そのものを支える存在に見えてきました。
知ってから見るとマングローブの景色が変わる
パラオの海で何気なく触った根のぼつぼつ。「水を吸っているのかな?」と思っていたものが、実は酸素を取り込むことに関係していたこと。
海水のそばに普通に生えているように見えて、実際には種類ごとに塩分への対処法を持っていること。そして複雑な根の周りには、魚やカニ、エビなどたくさんの生き物が集まっていること。
仕組みを知ってから振り返ると、あの日カヤックから見ていた景色が少し違って見えてきます。
マングローブは単に「海辺に生えている変わった木」ではなく、海と陸の境目という厳しい環境に適応し、さらにその根を中心にたくさんの生き物が暮らす場所を作っている森でした。
次にマングローブを見る機会があったら、木だけではなく、ぜひ水面近くの根にも注目してみたいところです。あの複雑な根の周りを覗けば、そこにはまた別の世界が広がっているかもしれません。